- 2008年12月10日 22:01
- Category: 多分駄文
髪を切りに行ってきた。さっぱりした。
お抱え?の美容師さんともたくさん話をした。彼女は最近、車の免許を取ったばかりで、自分で新車を買い(偉い!)、職場に通勤で乗って来てるらしい。自分もバイクの免許を取りに行ってたので、その話で軽く盛り上がる。彼女はまだ、車のバックが苦手らしいから巧くいくコツを軽く伝授。その話で盛り上がる。「髪の毛は洗った後がいちばん痛むってほんとう?」と、僕が尋ねるといろいろと教えてくれた。その話で盛り上がる。その他、いろいろな話で盛り上がる。一時間弱の施術時間があっという間に過ぎる。髪を切りに行ったんだか、会話をしに行ったんだかわからない。
運転手は基本的に単独行動が多いから実はお喋り好きが多い。孤独なわけだね。それを差し引いても僕は喋り好きかもしれない。日々の生活、あるいは仕事の中で会話をする人なんて限られている。だから、日頃接する機会の無いような人と接する時は積極的に会話をする。というか、もう、楽しむ!最近まで通っていた教習所なんてのも、老若男女、様々な境遇の人達と接するいい機会だったから、ことあるごとに会話を楽しんだ。別に、手当たり次第にこちらから話しかけるというわけじゃなく、話のタイミングなんて自然とやって来るものだから、その時に「話しかける」を選択するか、「やめておく」を選択するかのどちらかなわけで、「話しかける」を選択するだけのこと。逆に「話しかけられる」局面というのもやって来る。その時に「軽く会釈で済ませる」か「気軽に応える」かの選択肢のうち「応える」を選ぶだけのこと。
会話はいつもうまくいくとは限らない。調子に乗って相手を怒らせてしまうなんて時もあるだろうし、その逆で、相手から不愉快な思いをさせられる時だってあるだろう。それでも会話はいいもんだと思う。日々、何時間も黙々と運転を続けている僕からするとそう思えてしまう。生きる目的そのもの?とさえ思ってしまう。なんというか...乾いた心に泉が湧くような感じだよ。
話の内容なんてなんだっていいと思う。「私はあなたと話したい」ということが伝わればいいわけで。それと、話しかけることに意味など必要ないとも思う。なんとなれば、話すとは生きることそのものなんだから。
何が言いたいのかと言うと、話すことによって起こりうるネガティヴな面にばかりフォーカスを当てて話す機会を減らすということは、生きることそのものを否定しているに近いのかな?なんて、過去の自分を振り返り思ってしまったから。かく言う自分にも、「あの時話しかけてれば良かったかな...」なんてことがたくさんあったんだよ、これが。
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